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豪農の館「渡邉邸」と「上杉家」の関わり~歴史~


新潟県関川村にある国指定重要文化財に指定されている「渡邉邸」と「上杉家」との関わりに興味を持ち、渡邉邸に行って取材をしてきました。
現在、管理をされている渡辺さんから色々とお話を伺いました。
たまたまこの日は渡邉邸の7代目の子孫である理事長をされている方にもお会いすることが出来ました。

享保9年2月のこと
財を成した渡邉邸の2代目三左エ門桂村のお葬式の際に、当時財政が逼迫していた上杉家(米沢藩:現山形県)の使いのものがやってきてお金を貸して欲しいと懇願してきたそうです。
しかし、渡邉邸の3代目当主 善久がお葬式でもお金がかかり、蓋を開けてみるとお金も無いことがわかり、当時武士に貸したお金は返ってこないことが当たり前だったそうで、断ったそうです。

※享保5年には米沢藩へ貸金の初見「家内渡掟書帳」をつくるとあります。

しかし、結局米沢藩へ累計約3万両を貸したそうです。
※当時の10万両は現在の約110~120億円とのこと
その3年後には米沢藩にさらに3000両を用立てています

渡邉邸(越後の渡邉)のほかに上杉家は与板の三輪、山形の本間様、江戸の三谷の4箇所から金策をしたそうです。

先程も書いたように、当時は武家からお金が返ってくることがまずないのが当たり前でまた逆らうことも出来ないご時世でしたが、
渡邉邸の3代目は「返して欲しい」と言う意を伝えたそうです。

すると、当時上杉家(米沢:現山形県)の藩主となっていた上杉鷹山が律儀にもお金を返してよこしたそうです。(一度に全てではなく・・・ですが)
その当時の上杉家といえば、財政は逼迫し、米沢へ追い込まれ、土地は小さい範囲にされ、またその土地も何もないまさにピンチな時でした。

それでも約束事と返してよこしたのだそうです。

その何もない土地を新田開発したり、また産業を興し織物(米沢織)や彫り物(一刀彫)を作り、民人のために何が出来るかを実践された上杉鷹山。

この上杉鷹山は宮崎の日向から婿養子で上杉家へとやってきました。
しかし、そのお嫁さんである幸姫は心身ともに発育が遅れている姫だったそうですが、鷹山はとても慈愛に満ち溢れ姫と接していたそうです。

アメリカの大統領であったJ・Fケネディが取材中に日人本で尊敬する政治家に上杉鷹山をあげ、そこにいた日本人記者が困惑し分からないくらいだったそうです。

上杉鷹山の残した言葉で
「なせばなる成る 為さねば成らぬ何事も 成さぬは人の為さぬなりけり」

という有名な名言も残されています。
きっとこの言葉は聞いたことがあったり言った事があったりしても、その言葉を残した上杉鷹山とはどんな人物かをご存知の方はあまりいないのではないでしょうか。

実際に私も言葉は知っていましたし、よく口にもしていましたが、今回の取材をして興味を持たなければその言葉を伝えたかった人物の背景や考えを踏まえての本当の意味をわからずにいたでしょう。

渡辺さんも現在このご時世だからこそこの鷹山のことをみなさんが知るべきである。と言うことをおっしゃっていました。

今回は大まかなことしか知ることが出来なかったので、さらに詳しく「渡邊邸の歴史」、「上杉鷹山」についてもっともっと知りたくなりました。

その他(余談)
・初めての米沢藩主は伊達植宗(たねむね)で米沢街道の海への道を開いた藩主です。
・渡邉邸の10代目当主の渡邊善郷(よしさと)は米坂線(米沢⇔坂町間)を作りました。
当時、米沢⇔村上間の話が出ていたのですが、土地が米沢⇔坂町間では渡邉邸の所有する土地で全てできたと言うことと、何よりもこの電車が通れば産業の速さ、人の動きが歴然と違うと考えた人々の為を考えたことでした。

渡邉邸の当主はいつも人々のことを先に考え行動してくれた豪農だったそうで、乱世の時代ではありましたが、この土地の人々が反乱や一揆などを起こすようなことは一切無かったそうです。

「渡邉邸の当主」そして「上杉鷹山」はこの現在の時代の皆さんに知ってもらいたいリーダーだと感じました。


現在、渡邉邸は5年に渡る復元工事中のためいつもと少し違う雰囲気となっておりますが、
この機会にしか見られない裏側まで見られるので私はラッキーでした。
普段は上がることのできない家屋内の2階やそこから眺めていたであろう庭園の眺めを見せて頂きました。

6月6日には「第4回 深草アキ 秦琴コンサート」がこちらの渡邊邸にて行われますので興味がある方はぜひどうぞ!
※映画「蔵」の撮影に使用されたところでもあります。

~渡邉邸の景色~

いくつかの蔵があります。
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その一つ、味噌蔵。

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こんな珍しいハシゴ!
棒状の木が開いてハシゴになります。

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戸がコロコロと動くように考えられて作られたもの・・・名前忘れちゃいました(ゴメンナサイ)
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一本の木から作られている柱
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工事中の家屋の中の様子
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素敵な日本庭園の様子
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当時の渡邊邸の当主も見たであろう2階からの庭の眺め
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米沢藩の使いの者がこちらの部屋で借金の申し入れをしたそうです
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広いお座敷の奥の場所、奥座敷のような場所でした


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2009年05月31日 17:44に投稿されたエントリーのページです。

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